○鄙武士の独盃
▲ 年頃は三十ばかり。色あくまで黒く、あたまは自びんの草たばね、もっとも総髪の火のつきそうな乱れ髪。黒木綿の紋付とんつく布子に、小倉の汚れ腐ったる袴。短き一本刀の柄の汚れを厭うか、あるいは柄糸のほつれを隠さんためか、白木綿にてぐるぐると巻きつけ、つんつるてんの着物を腕まくりして斜にかまえ、よほど酔いが回りしと見えて、割り箸の先にたれの付きたるを二本つかみて、手拍子を打ちながら大きなどす声にて、
詩「衣は
骭にいたりイ、そではア
腕にいたるウ。
腰間秋水。鉄を
断べしイ。
人触れば人を
斬。馬ふるれば馬を斬るウ。
十八交をむすぶ健児の社ア引。
是ヤ是ヤ
女子、酒ェ持てこずかイ。こやこや、そしてナ、
生の
和味のをいま
一皿くれンカ。アア愉快じゃ愉快じゃ
、トあたりをきょろきょろ見回して隣りに居たる侍をじろり見やり、崩したる膝を立て直し、ハア失敬ごめん、コヤ
女子、なにを
因循しておるか。
勉強して
神速にせい、
ト言いながら又こちらの侍に打ち向かい、君、牛肉は至極御好物と推察のウ
仕るが、僕なぞも
誠実賞味いたすでござる。イヤ、かかる物価沸騰の時勢に及ンで、
割烹店などへまかりこすなんちう義は、
所謂激発の徒でござる。この牛肉チウ物は高味極まるのみならず、開化滋養の食料でござるテ。イヤ何かと申して失敬、御免。コヤコヤ
女子。一寸来ンか、コヤ。あのうナ、
生肉をナ、一斤ばかり持参いたすンで、至極の正味を周旋いたイてくれイ。アア酩酊きわまッた。オオ生肉か、ええわ、ええわ。会計はなんぼか。甚句「愉快きわまる陣屋の
酒宴、
中にますら雄美少年引、
ト鼻歌を歌いながら荒々しく刀を下げ、竹の皮づつみをつかにかけて、女子また来るぞ
、トほうの木ばの履き物がらがら表へ立ち出で、うた「しきしまのやまとごころを人問わばアヽヽヽヽ、あさひにイ、匂うウ、山さくら花アヽヽヽ引
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