○堕落個の廓話
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年は二十四五、色生白く、頭の髪はたくさんにて銀杏に結い、噺家の圓朝まがい。お召しの藍微塵の小袖一ツ、胴着はさだめし女の物を直したりと思われ、二三日居続けでぼんやりした姿。少しやつれを見せるたちなり。銀ぐさり十六本の煙草入れ、性の怪しきに、七度焼き如信張りの煙管、根付は象牙の鏡ぶたにて、これも仕入れ物と見えたり。時々腕をまくりて腕守りの銀金具をひけらかし、連れと二人、差しつおさえつ飲みかけ、目のふちを赤くして黄色い声を高調子。
「半ちゃん、夕べの世界はおいらは実にふさいだヨ。
彼楼へは
三四たび
登楼たことのあるのだからけんのんだと言うのに、竹坊がむやみにあがろうと言うから。おめえは一件の
処へ脱走してしまうし、おいら一人他へあがるのもおもしろくねえから、
野面であがりこんだところが、あいにくと
二会までいった
遊女がおいらに出ッくわせたろうじゃアねえか。こいつは不見識だと思ったけれど、引き付けのときごまかして脇を向いていたから、お茶屋が気をきかして、ヘイお召し替え、ト早く切り上げたのでその場は切り抜けたが、
番新めがおいらの顔を見おぼえていやアがって、ひけて座敷へ這入るとすぐにモシエ主やアよくきなました、人が悪ウざんすヨ。これサ、お茶屋の人、この客人は
跡の月の三日に田町の弁天平野から三人一座で
二会に来なましたお客だますヨ、ト敵に声かけられたから、うしろを見せるのも
外聞が悪いとは思ったが、馴染金散財にやア
代られねえ。これを聞くが否や小便に行って、その帰り足にはしごをトントン。履き物を、トみずから声をかけて、茶屋の女を置き去りまいねんさっサとござれや、という身で飛び出して、茶屋まですたすた
帰ッたところが、女中が跡から追ッかけて来て、なにかお気にさわッたことでもございましたかは。エエ、コウ。いいじゃアねえか。ダガノ、おいらのように年びゃく
年中吉原へ
計りはいりこんでいちゃア、顔が悪くなって先がこわがって相手にしねえから、嶋原へでも巣を替えようと思ッているのサ。なんだッても丸三年というもの一ト晩も欠かしたことがあるめえじゃアねえか。それだから
宝槌楼のことばの「こうなんし、ああなんし」から、
鶴泉の「くされている」「だしきっている」、
平泉じゃア客を古風にぬしと言いサ。「なんだます」「じれッてえ」と言うことから、松田屋のつの字ことば。
角海老のはやことに、岡本の「くるわヨ」「ゆくわヨ」、
金瓶大黒じゃア「ああやだヨ」と言うことばを
禁じられたシ、
尾彦の朝のむかいの早いのヤ、
大文字屋の気の軽いの。伊勢六の
大見識の内ゆるみまでを知ッているシ。岡田屋のおいらんたちは
傾城水滸伝の種本で、
甲子屋の
新造衆が客の来るか来ねえかを茶屋に念をおすことまで承知しちゃア、楽屋が見通しで客になっても面白い遊びは出来ねえから、ずっと
世界を見やぶって
新造買もして見たが、次の間あそびはごうせい気骨の折れるものだし、いまの
壮年サにあんまり
老人じみるから、それも
廃して藝者と出かけたが、組で
八十匁は続かねえ。裏茶屋ばいりの
汐待もたいぎだから、グット色気を去ッて
幇間を買ッて遊んでも見たが、
彼奴等はどうも友を呼んでならねえヨ。この間も
新孝を誘って金子へ
夕飯を喰いに行くと、あとから喜代寿に
正孝序作露八なんぞという
流行ッ子がどかどかと押し込んで来て、かけがえのねえ
大楮幣をとうとう一枚こすらせられたぜ。モウモウ
吉原はごめんごめん。しかし今夜は
廓の名残に、かの一件の
処へ出かけるつもりだが、もう一晩附合うべしサ。なに又株ダ。イヤサ、実に今夜で根ッきり葉ッ切り、本当にこれぎりこれぎり。さてお銚子もおつもりダ。
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