2013年3月30日土曜日

安愚楽鍋 ○堕落個の廓話

○堕落個なまけもの廓話くるわばなし

年は二十四五、色生白く、頭の髪はたくさんにて銀杏いちょうに結い、噺家の圓朝まがい。お召しの藍微塵あいみじんの小袖一ツ、胴着はさだめし女の物を直したりと思われ、二三日居続けでぼんやりした姿。少しやつれを見せるたちなり。銀ぐさり十六本の煙草入れ、性の怪しきに、七度焼き如信張りの煙管きせる、根付は象牙の鏡ぶたにて、これも仕入れ物と見えたり。時々腕をまくりて腕守りの銀金具をひけらかし、連れと二人、差しつおさえつ飲みかけ、目のふちを赤くして黄色い声を高調子。
「半ちゃん、夕べの世界はおいらは実にふさいだヨ。彼楼あすこへは三四さんよたび登楼あがったことのあるのだからけんのんだと言うのに、竹坊がむやみにあがろうと言うから。おめえは一件のとこへ脱走してしまうし、おいら一人他へあがるのもおもしろくねえから、野面のづであがりこんだところが、あいにくと二会うらまでいった遊女おんながおいらに出ッくわせたろうじゃアねえか。こいつは不見識だと思ったけれど、引き付けのときごまかして脇を向いていたから、お茶屋が気をきかして、ヘイお召し替え、ト早く切り上げたのでその場は切り抜けたが、番新ばんしんめがおいらの顔を見おぼえていやアがって、ひけて座敷へ這入るとすぐにモシエ主やアよくきなました、人が悪ウざんすヨ。これサ、お茶屋の人、この客人はあとの月の三日に田町の弁天平野から三人一座で二会うらに来なましたお客だますヨ、ト敵に声かけられたから、うしろを見せるのも外聞げえぶんが悪いとは思ったが、馴染金散財にやアかえられねえ。これを聞くが否や小便に行って、その帰り足にはしごをトントン。履き物を、トみずから声をかけて、茶屋の女を置き去りまいねんさっサとござれや、という身で飛び出して、茶屋まですたすたけえッたところが、女中が跡から追ッかけて来て、なにかお気にさわッたことでもございましたかは。エエ、コウ。いいじゃアねえか。ダガノ、おいらのように年びゃく年中吉原なかばかりはいりこんでいちゃア、顔が悪くなって先がこわがって相手にしねえから、嶋原へでも巣を替えようと思ッているのサ。なんだッても丸三年というもの一ト晩も欠かしたことがあるめえじゃアねえか。それだから宝槌楼さのづちのことばの「こうなんし、ああなんし」から、鶴泉つるいづみの「くされている」「だしきっている」、平泉ひらいづみじゃア客を古風にぬしと言いサ。「なんだます」「じれッてえ」と言うことから、松田屋のつの字ことば。角海老かどえびのはやことに、岡本の「くるわヨ」「ゆくわヨ」、金瓶大黒きんべいだいこくじゃア「ああやだヨ」と言うことばをふうじられたシ、尾彦おひこの朝のむかいの早いのヤ、大文字屋たいもんじやの気の軽いの。伊勢六の大見識だいけんしきの内ゆるみまでを知ッているシ。岡田屋のおいらんたちは傾城水滸伝けいせいすいこでんの種本で、甲子屋きのえねや新造衆しんぞうしゅが客の来るか来ねえかを茶屋に念をおすことまで承知しちゃア、楽屋が見通しで客になっても面白い遊びは出来ねえから、ずっと世界せけえを見やぶって新造買しんぞうかいもして見たが、次の間あそびはごうせい気骨の折れるものだし、いまの壮年わかサにあんまり老人やきまわりじみるから、それもして藝者と出かけたが、組で八十匁は続かねえ。裏茶屋ばいりの汐待しおまちもたいぎだから、グット色気を去ッて幇間おとこのこを買ッて遊んでも見たが、彼奴等きやつらはどうも友を呼んでならねえヨ。この間も新孝しんこうを誘って金子へ夕飯やしよくを喰いに行くと、あとから喜代寿に正孝しょうこう序作じょさく露八ろはちなんぞという流行はやりッ子がどかどかと押し込んで来て、かけがえのねえ大楮幣おおさつをとうとう一枚こすらせられたぜ。モウモウ吉原なかはごめんごめん。しかし今夜はさとの名残に、かの一件のとこへ出かけるつもりだが、もう一晩附合うべしサ。なに又株ダ。イヤサ、実に今夜で根ッきり葉ッ切り、本当にこれぎりこれぎり。さてお銚子もおつもりダ。

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