2013年3月30日土曜日

安愚楽鍋 開場

牛店雑談うしやざうだん安愚楽鍋あぐらなべ初編全  一名いちみやう 奴論建どろんけん
東京市隠 假名垣魯文戯著

開場かいぢゃう
天地てんち万物ばんもつ父母ふぼひと万物ばんもつれいかるがゆゑに五穀ごこく草木さうもく鳥獣てうじう魚肉ぎよにくこれしよくとなるは自然しぜんにして。これをふことひとせいなり。昔々むかしむかし里諺ことわざに。盲文爺ももんぢぢいのたぬきじる因果いんぐわ応報あうはうけがれきよむる。かちかちやま切火打きりびうち。あらたまうさぎも吸物すいもので。あぢをしめこの喰初くひぞめに。そろそろ開化ひらけ西洋せいやう料理れうり。その功能こうのう深見草ふかみぐさ牡丹ぼたん紅葉もみぢときをきらはず。しゝよりさきへだらだら歩行あるき。よしおそくともおこたらず。往来ゆききたえざる浅草あさくさ通行どほり御蔵前おんくらまへ定舗ぢやうみせの。高籏たかはた牛肉鍋ぎうにくなべ十人じふにんよれば十種といろ注文ちうもん昨晩ゆうべもてたる味噌みそあげ。たれをきかせる朝帰あさがへり。なまのかはりのいきがり連中れんぢう西洋せいやう書生しよせい漢学者流かんがくしやりう劉訓りうくん儒者じゅしゃあれば。肖柏せうはくめかすそうもあり。士農工商しのうこうしゃう老若男女らうにやくなんによ賢愚貧福けんぐひんぷくおしなべて。牛鍋うしなべはねば開化不進奴ひらけぬやつとりなきさと蝙蝠傘かうもりがさ鳶合羽とんびがつぱつばさをひろげてとほからんもの人力車じんりきしやちかくは銭湯帰ゆがへり薬喰くすりぐひ牛乳みるく乾酪かんらく洋名チーズ乳油ちちあぶら洋名バター牛陽たけりはことに勇潔いさぎよくかの肉陣にくぢん兵粮ひやうらうと。土産みやげふもいとおほき。ひと出入でいりにぎはしく込合こみあひせつ前後ぜんご御用捨ごようしや御懐中物ごくわいちうもの御用心ごようじん銚子てうしのおかはり。お会計くわいけい。おかへンなさい入ラツしやい。流行りうかう昼夜ちうやおか繁昌はんじやうかくごとくになん。さればうしはうしづれの同気どうきもとむる肉食にくしよく群集ぐんじゆせき区別わかちしありさまを。一個ひとり々々に穿うがちはゞまづざつとしたところがこんなものでもあらうか

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