安愚楽鍋 開場
牛店雑談安愚楽鍋初編全
一名 奴論建
東京市隠 假名垣魯文戯著
開場
天地は
万物の
父母。
人は
万物の
霊。
故ゆゑに
五穀草木鳥獣魚肉。
是が
食となるは
自然の
理にして。これを
食ふこと
人の
性なり。
昔々の
里諺に。
盲文爺のたぬき
汁。
因果応報穢を
浄むる。かちかち
山の
切火打。あら
玉うさぎも
吸物で。
味をしめこの
喰初に。そろそろ
開化し
西洋料理。その
功能も
深見草。
牡丹紅葉の
季をきらはず。
猪よりさきへだらだら
歩行。よし
遅くとも
怠らず。
往来絶ざる
浅草通行。
御蔵前に
定舗の。
名も
高籏の
牛肉鍋。
十人よれば
十種の
注文。
昨晩もてたる
味噌を
挙。たれをきかせる
朝帰り。
生のかはりの
粋がり
連中。
西洋書生漢学者流。
劉訓に
似た
儒者あれば。
肖柏めかす
僧もあり。
士農工商老若男女。
賢愚貧福おしなべて。
牛鍋食はねば
開化不進奴と
鳥なき
郷の
蝙蝠傘。
鳶合羽の
翅をひろげて
遠からん
者は
人力車。
近くは
銭湯帰。
薬喰。
牛乳。
乾酪洋名チーズ乳油洋名バター。
牛陽はことに
勇潔。
彼肉陣の
兵粮と。
土産に
買ふも
最多き。
人の
出入の
賑はしく
込合の
節前後御用捨。
御懐中物御用心。
銚子のおかはり。お
会計。お
帰ンなさい入ラツしやい。
実に
流行は
昼夜を
捨ず
繁昌斯の
如くになん。されば
牛はうしづれの
同気もとむる
肉食群集席を
区別しありさまを。
一個々々に
穿て
云はゞ
まづざつとしたところがこんなものでもあらうか
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